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患者さんの声

59歳 男性 大動脈弁(置換術)
仕事とスキー、両方が生きがいです。

橋詰賢一先生
(栃木県済生会宇都宮病院 心臓血管外科 診療科長 大動脈センター長)
園原 信輝さん
(患者さん))
園原 孝子さん
(奥さん)

システムキッチンの製造会社を経営する園原信輝さんは、忙しい仕事の傍ら、冬季はインストラクターの資格を保有するほどの腕前を誇るスキーを楽しむなど、とても活動的な毎日を過ごしています。しかし園原さんは2年程前に、4つある心臓弁のひとつ、大動脈弁の弁膜症を治療するため、大動脈弁を人工の生体弁に取り替える手術を受けました。今回は、執刀した栃木県済生会宇都宮病院 心臓血管外科 診療科長 大動脈センター長 橋詰賢一先生にも同席いただき、治療にいたるまでの貴重なお話をうかがいました。(インタビュー実施:2016年7月)

※ここに掲載しております疾病情報は、あくまで一般的な解釈に基づいた内容であり、個々の患者さんのケースに必ずしも合致するとは限りませんので、あらかじめご了承ください。
※肩書などは取材時のものです。

仕事とスキーが、人生の2大トップです

編集部  園原さんは経営者でいらっしゃるのですよね。

園原さん はい、システムキッチンの製造を主に行う会社を経営しています。30歳のときに親から会社を引き継ぎ、以来30年になります。

編集部  とても長い期間ですね。

園原さん そうですね。バブル時代やその崩壊なども経験し、波乱万丈の30年でした。今は社員全員で、高い品質と正確な納期の継続を誇りに、一つ一つの仕事を大切に行っています。また昔は木製家具の製造販売を中心に行っていたことから、今でも注文をいただくと、手作りで家具を製作します。手作り家具も、お客様に頂いたリクエストを一つ一つ叶えながら、オーダーを頂いてから30日以内に納品を目指します。高い品質と納期の厳守は仕事上とても大切にしています。

編集部  毎日お忙しく過ごされていると思いますが、冬にはスキーを楽しまれるのですよね。

スキー中1_1

園原さん 19歳のときにプロのスキー教師になりました。それ以来、スキーは自分にとってなくてはならないもの。生活の一部です。今は会社の経営をしているのでスキー教師の仕事はしていませんが、人前でお話をするのも恥ずかしくてできなかったのが、スキー教師になったおかげで少しずつできるようになりました。スキーがあって、今の会社経営にもつながっているな、と感じています。

孝子さん(奥様) 主人にとってスキーは生きがいだと思います。ただスキーも好きですけど仕事も大好きなんです。主人の人生において、仕事とスキーが2大トップだと思います。

最初は経過観察を続けて

編集部 とても活動的でいらっしゃるのですね。それでは治療についてうかがいたいと思います。最初に、病院を受診したきっかけを教えていただけますか?

園原さん 今から10年ほど前ですけれども、睡眠中に心臓の鼓動が、あれ?なんか止まっちゃった、おかしいな、と思うことがあったのです。気になったので地元のかかりつけの循環器内科に行って診てもらい、薬を処方されました。その後は薬を服用すると症状が治まるので、しばらく様子を見ていました。

編集部 様子を見ている間、不安はありませんでしたか?

sonoharaさん右むき1

園原さん あまり気にせずいつも通りに生活していましたね。体力的にも別に衰えたという感じもほとんどなかったので、あまり心配していませんでした。

編集部 ずっとかかりつけの循環器内科に通院されていたのですか?

園原さん いえ、最初に循環器内科にかかってから3年くらい経ったころに、大動脈弁が大きくなってきて逆流もちょっと多くなったから、そろそろ手術を考えたほうがいいですね、と言われて、済生会宇都宮病院を紹介されて移りました。ただ、その後もしばらくは年に1回の定期検診を続けるのみでした。

橋詰先生 心臓弁膜症は、誰もがかかり得る病気ですが、やはりご高齢の方に多い病気です。ですから園原さんは弁膜症の患者さんとしては若い患者さんでした。弁膜症の治療は、園原さんのように初めは内科的な薬物治療を行いながら経過観察をするのが通常です。

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